こころの健康コラム【vol_05】

第五回「毒入り餃子」

 かなり以前の話だが、私は自分が勤めていた熊本市内の総合病院救急外来で自殺未遂患者の調査をしたことがあった。そこで東京などで行われた同様の調査と自殺の手段で大きな違いがあることがわかった。東京に比べて熊本で明らかに少ない自殺の手段は「飛び降り」であった。皆さんもお判りだろうが、東京に比べて熊本は飛び降りられるような高い建物が少ないことが理由であると思われた。それでは、東京ではほとんどなく、熊本では比較的多い自殺の手段は何か?お判りだろうか?それは、農薬による服毒自殺であった。自殺の手段とは、身近にあるものがなにかでかなり変わることがわかった。
 中国製の餃子からメタミドホスという有機リン系の毒物が検出されて問題になっている。熊本の救急外来には、この有機リン系の農薬自殺未遂や事故が多いので、この解毒剤が大量に常備されている。熊本で毒入り餃子を食べたとしても、救急外来で速やかに治療が受けられるはずである。同じ有機リン系の毒物であるサリンがオウム真理教の信者によって地下鉄で撒かれた所謂「地下鉄サリン事件」の時、東京の救急外来にはこの解毒剤の在庫がなく治療が遅くなったという。ところ変われば・・である。
 話は戻るが、私が自殺について調査したのは、バブルの崩壊前で年間自殺者が日本で約2万人と言われていた頃である。現在、自殺者の数は年間3万人以上である。交通事故死者が約6千人だから如何にその数が多いかわかる。救急外来を受診する自殺未遂者は自殺者の10倍以上といわれている。自殺を如何にして減らしていくかは社会的にも最も重要な問題と思われる。生きていれば一度や二度は漠然と死にたくなることはあるものである。しかし、自殺の手段まで具体的に考えるようになったら赤信号である。そんなときは勇気をもって身近な人またはわれわれ専門家に相談してほしいと切に願う。

[My First Seat ~私の特等席~ 2008.7春夏号 掲載]